10月23日、またしても巨大地震が発生してしまった。場所はトルコ南東部。
今でも現地には瓦礫の下に取り残されている人々が大勢いるそうだ。

今こそ日本人には、トルコへやらなければいけない事がある。
それは121年前に遡る、日本とトルコのその後の関係に深く影響を与える、とある歴史から始まっている。

 

今もなお被害が拡大するトルコ大地震

 

10月23日、トルコ南東部でマグニチュード7.2の大地震が発生した。
死者はすでに459人に達し、負傷者も1300人に上る。
倒壊した建物も2200棟を超えている。(10月25日時点)

被災地の夜の気温は凍えるような寒さになっており、家を失った被災者は過酷なテント生活を余儀なくされている。

そんな中でも、多数の死傷者を出したトルコ東部の被災地では、東日本大震災で注目された日本人の忍耐強さ、秩序を守る姿勢を教訓に、避難生活を送る人々がお互いに助け合い、落ち着いた行動を呼び掛け合っているそうだ。

 

東日本大震災に支援してくれた各地でも大きな被害

 

地震前夜の22日、東京のトルコ大使館では、東日本大震災の被災地支援を目的とした手芸品のチャリティーバザーが開かれたばかりであった。

そのために7月、大使館がトルコ国内にチャリティーバザーの出品を呼びかけたところ、トルコ東部のワンからは真っ先に平織りのカーペットと銀細工が届けられたという。各地方からも、キリムや絵皿、敷物などの手工芸品が多数届けられた。

今回のトルコ大地震は、そんなワンでも大きな被害がでているという。

先の東日本大震災では、トルコから受けた支援がこれだけ手厚いものだった事を知ってほしい。

【救助隊】緊急救助隊32名
【支援物資】飲料水18.5トン。缶詰(豆、ツナ)約68800個。毛布約5000枚。
【義援金】トルコから日本赤十字社に約1600万リラ
【義援金】ニューヨーク市内トルコ・コミュニティからニューヨーク日本国総領事館に3万ドル
【募金】コンヤ市の小学生が自分たちの小遣いを日本の被災支援のために募金

 

無力な政府を横目に日本人215名を救ったのは…?

 

1985年イラン・イラク戦争時の事。
イラクのサダム・フセインは「3月20日午後2時(日本時間)をタイムリミットとして、この期限以降にテヘラン上空に飛ぶ航空機は、“軍用機”であろうと民間航空機であろうと、いかなる国の機体であろうと、すべて撃墜する」と世界に向けて発信した。

当時、日本企業関係者やその家族などを含む、イラン在住の日本人は、約1000名。すぐさまイランから退避しようとテヘラン空港に向かうが、どの飛行機も自国民を優先させ乗ることができなかった。事前に国外脱出をしていた人たちもいたが、刻々と迫るタイムリミットの中で最終的に、空港に残っていた日本人は215名。

世界各国は自国の救援機を出して国民を救出している中、日本政府も日本航空に救出を依頼するが、帰路の安全が保障されないとして、イランへの乗り入れを事実上の拒否。

憲法上の理由から、自衛隊の輸送機を派遣することもできなかった。
理由はどうあれ、215名の日本人を救出する術は無く、日本航空も日本政府も、お手上げで指を加えて見ているしかなかったのである。

そんな中、二機の飛行機が日本人215名を乗せて飛び立った。
それはトルコ航空の飛行機であった。

タイムリミットまで、あと1時間15分。
当時、イランには600名を超えるトルコ人がいた。
100名ほどは定期便で帰国し、残った500名には陸路を取らせていた。テヘランからイスタンブルまで、車で走行して3日以上はかかるのに、だ。

トルコは自国民を危険な陸路で帰国させてまで、外国人である日本人に特別機を提供し、救出してくれたのである。

 

そこまでして日本人を助けたのには理由があった

 

なぜトルコ航空機が日本人を助けに来てくれたのか、当時、日本政府もマスコミも理由が判らなかった。

後日、前・駐日トルコ大使、ネジアテイ・ウトカン氏が「エルトゥールル号の事故」のことを語ったことにより、その理由が明らかとなった。

1890年(明治23年)トルコの使節団を乗せたエルトゥールル号は初めて日本を訪れ、友好を深めた帰りの際、台風に遭って和歌山県串本沖で沈没してしまった。

この時、エルトゥールル号に乗員していた600名近くが死亡したが、約70名が地元の人々によって救助された。

地元の人々は救出したトルコ人を手厚く看病した。自分たちの危機もかえりみず、備蓄の食糧まで提供したのである。

エルトゥールル号遭難の報は明治天皇に言上され、医者、看護婦が派遣された後、生き残ったトルコ人たちは日本の軍艦によって故郷へと送り届けられた。
この時、日本全国から弔慰金が寄せられ、遭難者家族に届けられたという。

これは1985年当時から遡って、85年も前の話である。

「エルトゥールル号の事故に際し、大島の人たちや日本人がなしてくださった献身的な救助活動を、今もトルコの人たちは忘れていません。
私も小学生のころ、歴史教科書で学びました。トルコでは、子どもたちでさえ、エルトゥールル号のことを知っています。今の日本人が知らないだけです。
それで、テヘランで困っている日本人を助けようと、トルコ航空機が飛んだのです」
(前・駐日トルコ大使、ネジアテイ・ウトカン氏の言葉より)

今の日本人で、エルトゥールル号の事件を知る人は少ない。だが、トルコの小学校の教科書にはこの事件について詳細な記述があり、トルコ国民なら誰もが知っている歴史なのである。

イラン・イラク戦争時、刻々と迫るタイムリミットの中で、テヘランの日本大使館の野村豊大使は、日本人がまだ救出出来ていないという状況を、親交のあったトルコ大使館のビルレル大使に話していた。その事実を聞くやいなや、トルコ大使がすぐさまトルコ空港に要請を出していたのである。

 

日本からトルコへ恩義を返す時が来た

 

このように、日本とトルコには深い友好の歴史があったのだ。

確かに日本はまだ、東日本大震災から完全に復興はしていない。
しかし、トルコの人たちは大地震が起きた直後であり、多くの人々がまだ瓦礫の中で助けを待っている状況である。
夜は零度前後まで気温が下がっているという。

日本国内のNGOなどは、救援活動のため現地入りする準備を始めている。
義援金の募集も始まっている。

エルトゥールル号の事故に始まったトルコとの友好関係。
イラン・イラク戦争の時、トルコの人たちは日本に対する友好の証を見せてくれた。
東日本大震災の時にも、手厚い支援をしてくれた。
そんなトルコの人たちが今、危機を迎えている。

日本人には、トルコを助ける理由があるのではないだろうか……。
そう思わずにはいられない。

 

トルコ大地震、義援金受付先

 

【日本赤十字社】
TEL:03-3438-1311
郵便振替で加入者名「日本赤十字社」、
口座番号「00110-2-5606」まで。
振替用紙の通信欄に「トルコ地震」と明記。

【トルコ大使館】
TEL:03-3470-5131  
さくら銀行各支店窓口で扱い。
東京営業部の普通預金口座9030004に
「トルコ地震災害義援金」として振り込む。

【阪神大震災地元NGO救援連絡会議】
TEL:078-685-0068
阪神大震災の被災者の支援活動を続ける市民団体が設置。
郵便振替で
加入者名「阪神大震災地元NGO救援連絡会議」、
口座番号「00970-7-39728」まで。
振替用紙の通信欄に「トルコ地震」と明記。

【アジア・ボランティア・ネットワーク(AVN)】
TEL:03-3288-9631
民間の援助団体。21日から9月初旬にかけて、イスタンブールなどの被災地で現地の医療機関や非政府組織と協力して、診療したり医薬品を配ったりする予定。この募金で、医師やスタッフの渡航費用、医薬品購入費、通信費をまかなう。
郵便振替で加入者名「AVN」
口座番号「00140-1-47201」まで。
振替用紙の通信欄に「トルコ」と明記。

 

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