嫉妬心と愛情は真逆の位置にあるものです。
 
しかし中には「嫉妬されないと愛情を感じない」と“勘違い“している人も多くいます。
 
今回のコラムでは、嫉妬心はなぜ愛情の証だと言えないのか、その違いをしっかり検証していきます。
 

嫉妬心は支配欲求である

 
まず、嫉妬心について。
嫉妬心の根本はパートナーへの支配欲求からくるものです。
 
相手を自分の思い通りに動かしたい、つねに自分のそばに置いておきたい、という欲求からくる気持ちです。
 
そしてその気持ちの裏側には、「相手を自分の近くにおいて好意を常に確認していないと自分が不安になる」という自己肯定感の欠如が関係しています。
 
つまり、相手が、自分の交友関係などに嫉妬してくる、ということは多かれ少なかれ、「自分を支配したいと思っている」ということです。

嫉妬を愛情だと勘違いしてしまう理由

 
この嫉妬心を「愛情だ」と受け取る人もまた自己肯定感が低い傾向にあります。
 
「他人から必要とされている事実」を求めるがゆえに、嫉妬されると嬉しくなってしまい、それを愛情だと認識してしまう、というわけです。
 
さらに言えば、嫉妬する・されることを「愛情」だと認識しているカップルは、お互いの自尊感情を埋めあっているということになります。
 

愛情は相手に何も要求しない、ということ

 
お互い自尊感情を埋めあっているなら、それも一つの愛情の形では?という意見もあると思います。
しかし、僕はこれを否定したいと思います。
 
確かにパートナーの存在により、自己肯定感が高まることはあります。妻に惨めな自分をさらけ出せたことで、自分を真に肯定できたこともあります。
 
ただ、これはお互いが「相手に何も求めていない」状態でないと起こり得ないことなのです。
 

嫉妬心は「本来の自分」をさらけ出すのを妨害する

 
嫉妬心の裏側には常に相手への「期待」があります。
「私のことを大事にしてくれる人であってほしい」「自分だけを見ていてほしい」という期待は必ず相手に伝わります。
 
そしてその「期待」は、時に相手を苦しめます。なぜならその期待を裏切りたくないが故に、見栄を張ったり嘘をついたりしてしまうから。
 
それでは、「本来の自分」を相手にさらけ出すことは到底できないでしょう。
僕が妻に「本来の自分」をさらけ出すことができたのは、彼女が僕に「強くたくましい男であってほしい」という「期待」を抱いていなかったからに他ならないのです。

相手に何も求めない、という高等技術

 
この「期待しない」というあり方を実践するのは簡単ではありません。
パートナーがどんなことを言ったとしても、どんな態度をとったとしても、それに対して怒りを抱くことなく、否定することなくしっかりと受け入れ、自分を変えていくエネルギーに変換していかなくてはなりません。
 
僕も今でもちょいちょい妻に対して「もう少し旦那へのモチベーションコントロール術を学んでほしい」と感じることはあります。
 
遠慮のない言い方に「イラッ」とくることもたまにあります。
 
しかし、その感情を抱いた瞬間に、「これは俺が妻に理想を押し付けようとしているからでは?だとしたら自分は何を変えられるだろうか?」と考えられるようになりました。
 
嫉妬心を抱くの簡単です。「思うだけ」でいい。
一方の愛情は、理性と自制心・自立心によって、実際の行動に移して初めて成立する高等技術なのです。
 
以上が、僕が嫉妬心が愛情の証でないと言い切る根拠です。このメッセージあなたはどう受け取りますか?
 
(川口美樹/ライター)
 
■「彼氏の女性関係に嫉妬してしまう」のはなぜ?
■嫉妬は失恋の元?orラブラブになるきっかけ?上手な嫉妬の活用法
■「好きになること」「愛すること」って、どういうこと?|エマちゃん
 

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