つい先日、国賓として来日したブータン国王と王妃。国会での演説や被災地訪問など、日本に温かいエールを送ってくれました。
ブータンといえば国民の幸せ度が高い国として知られていますが、聡明なお2人の姿がそれを物語っているようでしたね。

しかし、ヒマラヤ山脈南麓にある小さな国と、日本との深い交流があったことさえ知らなかった人も多いはずです。
実は今から約47年前、ブータンのために尽くした一人の日本人がいたのです。

 

ブータンで農業指導を行った日本人。

 

西岡京治(にしおか けいじ)、日本人ではあまり知られていませんが、ブータンでは最も有名な日本人です。

1964年、ブータンからの要請を受け、農業指導員として西岡氏はブータンに入国。呼ばれて行ったものの、遠い国から来たよそ者は、現地の職員からも拒絶するような態度を取られたそうです。

しかし試験農場での野菜栽培がまずまず評価され、つぎに稲作の指導に当たりました。一定間隔に植える「並木植え」を指導し、なんとそれまでの収穫量から40%の増産に成功しました。

1975年には、ブータンでも極貧地域ジャムガンでの農業開発にあたりました。
当時行われていたのは粗放的な「焼畑農業」でした。村人は西岡氏が指導する新しい農業を拒みました。西岡氏はムリヤリ農業のやり方を押し付ける事は決してせず、800回を越える話し合いを続け、とことん村人を説得します。

西岡氏は「身の丈に合った開発」を信念とし、水田に水路を引くにも、当時ブータンで主流だった塩化ビニール製のパイプや竹を利用し、360本もの水路を完成させました。
壊れた吊り橋の付け替えにも、コンクリート製の橋ではなく、耐久性に優れたワイヤーロープ製の吊り橋を作りました。ワイヤーロープは安価で、しかも村人が持つ吊り橋を架ける技術も役立ちました。計17本の吊り橋が新しく生まれ変わりました。
作った道路も全長300キロメールに達したと言います。

そうして僅か4年間で、ジェムガンの水田は約50倍に拡大し、村人の生活も安定。診療所や学校もできました。
任期を終え、西岡氏が村を離れる日、多くの村人が感謝し、涙を流しながら見送りました。

1980年、これらの農業貢献が評価され、国王より“国の恩人”として「ダショー」の称号を授与されます。ダショーとは「最高に優れた人」という意味で、ブータンでは最高の栄誉でした。

 

突然の訃報。そして、ブータンでの国葬

 

1992年3月、日本へ帰国する直前。西岡氏は急病で入院し、容態が急変……59歳で帰らぬ人となりました。
日本で訃報の連絡を受けた夫人は、夫の気持ちを図り、ブータンの地で永眠させてくれるように頼みました。

ブータンでの葬儀は、農業大臣が葬儀委員長を務めるという国葬でした。西岡氏を慕う人々が各地から弔問に訪れ、その数は5,000人にも及んだそうです。

ラマ教の僧侶の読経が絶えまなく続き、ブータンの山々にこだまする……ブータンを心から愛し、ブータンのために生きた「ダショー・ニシオカ」の最期に相応しい、立派で盛大な葬式でした。

こうして28年間、西岡氏はブータンで農業指導を行いました。
かつてブータンと日本の架け橋となった「ダショー・ニシオカ」という日本人がいたことを知ると、この国がより身近な存在に感じるのではないでしょうか。

幸せの国、ブータン。日本人もこういう穏やかな暮らしができるといいですね。

 

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Written by Wicca
Photo by Jonathan Kos-Read

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