7月7日は七夕です。
年に一度しか会えない、織姫と彦星の切ない恋の話は有名ですね。では、織姫と彦星の由来についてはご存じでしょうか?
古代中国の伝説を探ってみると、意外な織姫の原型と出会うことができました。
 

「織姫と彦星」の元ネタは中国

 
日本の「織姫と彦星」の元になったのは、古代中国の伝説と言われています。孔子が書したとされる中国最古の詩篇『詩経(しきょう)』(紀元前484年〜)に「織女(おりひめ)」「牽牛(けんぎゅう)」の名称が記されています。
 
そして、中国の「牛郎織女(ぎゅうろうおりひめ)」という民話は「織姫と彦星」とストーリーがそっくり。
河東に住む「織女(おりひめ)」が、河西の「牽牛郎(けんぎゅうろう)」へ嫁ぎましたが、嫁いだ後に機織りをやめてしまったので父・天帝の怒りを買い、河東に連れ戻されます。その後、1年に1度だけ会うことを許された、というお話です。
 
ちなみに中国では、織姫が彦星に会いにいきますが、日本では彦星が織姫に会いにいく展開が多いようです。これは日本の夜這いの風習から、話が変化したと言われています。

「織姫」はおっかない存在だった!

 
「牛郎織女」をさらにさかのぼると、意外な織姫の原型と出会います。
 
周(しゅう)王朝(紀元前1046-紀元前256年)の時代には、「西王母(せいおうぼ)」と「東王父(とうおうふ)」という仙人が信仰の対象とされていました。この「西王母」は秩序という機を織る役目がありましたので、織姫の原型ではないかと考えられています。また、1月1日と7月7日に、西王母が東王父に会いに行くという伝承も存在しています。
 
その西王母ですが、伝承によると「人の姿で豹の尾、虎の歯を持ち、動物のように吼える。乱れた髪に玉のかんざしをのせ、天の勵(災いと災害)および五残(入れ墨、鼻切り、足切り、性器処分、死刑という5つの刑)を司る」と描かれています。
 
織姫の原型は、かなりおっかない存在だったのです。
 

人に歴史あり、織姫にも歴史あり

 
後に起こる宗教(中国の三大宗教である道教)によって、西王母は「不老不死を得た美しい天女のような存在」に変わりました。
 
この道教がなければ、もしかすると日本の七夕も違ったものになっていたかもしれませんね。
こうして起源を振り返ってみるのも、イベントの楽しみ方かもしれませんね。
 
(yummy!編集部)
 
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公開日:2013年3月15日
更新日:2019年7月5日


 

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