疲れた女性に読んでほしい!浅田真央のド根性物語

 by 杉本レン


自分の努力が報われないとき、理不尽なルールに従わなくてはいけないとき、がんばり続けるのがつらくなってしまったとき。
こんなとき、みなさんならどうするだろうか?

もし、力が出なくなってしまったら、浅田真央という女性の人生を見て欲しい。
とてつもなく勇気を与えてくれる。
無邪気でキュートな笑顔の裏に隠された、壮絶な努力の物語をご紹介しよう。

天才少女と呼ばれてからトリノオリンピックまで

5歳で初めてスケート靴を履いた浅田真央は、小学校6年生の時に3回転-3回転-3回転のコンビネーションジャンプを飛び、天才少女と呼ばれるように。
5種類の3回転ジャンプを飛びわけ、女子では世界で5人しか成功していないトリプルアクセルをもけろっと飛んでしまう、天真爛漫なスケート好きの少女であった。
2005年にシニア大会に登場した15歳の真央は、いきなりグランプリシリーズで優勝。2006年のトリノオリンピック出場を希望する声が高まっていたが、「五輪前年の6月30日までに15歳」という年齢制限に87日足りず、出場は許されなかった。

そこから4年に渡って、真央のバンクーバーオリンピックへの戦いが始まったのだ。

浅田真央のアスリート魂

その道筋は決して順風満帆ではなかった。
フィギュアスケートはこの頃から現在に至るまで、毎年大きくルールが改正されている。
これまで飛ぶことばかりに力を入れていたジャンプの回転不足やエッジエラーが厳格に採点されるようになり、また最近では「どんな技にも影響されずにスケートを滑るということ」に重点を置くように変わってきた。

選手たちはルール変更のたびに演技の軌道修正をせまられたが、真央は真のアスリート。ルールのために、戦略でチャレンジをやめたり難易度を下げたりすることは決してなかった。

それに加えて、真央は大変な勢いで身長が伸びていた。ジャンプは本来、重心の低いほうが回転が安定しやすいが、彼女の場合はあの足の長さだから、どんどん重心が高くなってしまう。
それでも難しいトリプルアクセルを飛び続けているのは努力の賜物だといえるだろう。

あらゆる犠牲を払って挑んだバンクーバーオリンピック

天才真央もスケート靴を脱げば、焼肉とスイーツが大好きな普通の女の子。
しかし、ほんの数百グラム体重が増えただけでもジャンプに影響するため、壮絶な体重コントロールを強いられる。

そうしたストレスに加えてジャンプが不調だった真央は「もうできない!」と泣き崩れたことがあったという。仲良しの姉 舞が見かねて外食に連れ出しても、真央は結局おかゆとスープ、野菜炒めしか口にしなかったそうだ。彼女のプロ根性が伝わってくるエピソードだ。

彼女が女の子としての普通の青春をすべてなげうって、体脂肪7%にまで絞り込んで挑んだバンクーバー五輪。
永遠のライバルであるキム・ヨナに惜しくも敗れ、銀メダルに満足できず涙する真央にもらい泣きした人は、筆者だけではあるまい。

すべて一からやり直しに

ソチオリンピックに向けて再始動した真央には、さらに試練が待ち受けていた。ルール改正によって、あらゆる基礎をやり直さなければ高得点は望めなくなったのだ。

真央のジャンプは、柔らかい足首を使って飛ぶ癖がついていたが、それはマイナス要素と判定されてしまうため、全部やり直し。試合に出ても成績不振が続いた。

同じリンクで練習することの多い小塚崇彦選手は、真央があまりにいつも練習しているのに驚いて、自分の練習が足りなかったことに気が付いたと語っている。

東日本大震災を憂いで心が折れそうに

2011年3月の東日本大震災。自分のことではどれだけつらい思いをしても心が折れることはなかった真央だが、この多くの犠牲を出した震災には心を痛めて激ヤセしてしまったという。しかし被災地の真央ちゃんコールに勇気付けられ、小塚崇彦選手らとともにチャリティ公演に出演、その収益3千5百万円を義援金として寄付。

さらに、『浅田真央 Book for Charity』(ショップ.学研 刊)という本の出版に無償で協力し、本の売り上げ1千5百万円も全額義援金に寄付している。

悲願で迎えた、ソチオリンピック

運命の2014年。真央はこのシーズンを最後に現役引退を表明していた。
4年前に抱えた悔しさを胸に挑んだソチオリンピック。
ところが、ショートプログラムで転倒が相次ぎ、まさかの16位に。
フリーでは、プレッシャーを跳ね除け、自己ベストを更新する圧巻の演技を披露し3位に輝くも、総合得点でメダル獲得には至らなかった。

『浅田真央、引退』の予感を噛みしめて、世界中がため息をもらしたことだろう。

世界女王に返り咲き、奇跡の現役復帰へ

シーズンのクライマックスを締めくくる世界大会。
オリンピックではミスを連発したショートプログラムだったが、本大会では完璧な演技を披露し、歴代最高得点を更新。
わずかひと月前のソチで表彰台を逃した真央とは別人のような快進撃で、4年ぶり3度目の優勝を果たした。

引退については、結論を一旦保留し、1年間の休養を決意。
2015年、世界中のファンの声に応えるように、現役復帰を果たした。

天才、浅田真央

まだ20代にもかかわらす、約15年間もトップアスリートとして、これほど人々を感動させ、尊敬させてしまうのだから、本当にスゴイ。
ダイエットさえ3日坊主になってしまう私たちからすれば、憧れても憧れきれないスゴイ人だ。
それなのにいつも謙虚で、可愛らしく、潔い。
そんな浅田真央だからこそ、私たちは彼女の演技に深く感動してしまうのだろう。
これからも彼女には美しく成長をし続けてほしいと思う。

Witten By 杉本レン